歴史

HISTORY

1615
西久保(現在の虎ノ門付近)に
草庵が建てられ、
乗泉寺の始まりとなる。

乗泉寺は今から約400年前、小田家の家臣児島勘兵衛の寄付により西久保に草庵が建てられ、京都・妙蓮寺の日周大徳を庵主に招くことによって始まりました。

1661
桜田町(現六本木6丁目)に
移り、寺院に昇格。
乗泉寺と称す。

4代将軍・徳川家綱の寛文元年、幕府の命により、西久保から桜田町(現六本木6丁目)に移ります。妙蓮寺貫主・日崇上人の尽力により、堂宇が建ち、寺院に昇格し、妙証山・乗泉寺と称するようになります。

1721
江戸の大火で本堂焼失。

この御本尊は、1736(亨保20)年の再建の際に寄進されたもの

1758
徳川萬次郎の病気平癒ご祈願により
徳川9代将軍家重より三人扶持おくられる。

徳川御三卿の一つである清水徳川家の初代当主、徳川萬二郎(のちの重好)は生来病弱で、病にかかり寝たきりとなってしまいました。 しかし、第8世乗泉寺住職・日岱上人が祈願したところ、たちまち病気が治ります。萬二郎の父である徳川9代将軍・家重は大変喜び、葵の御紋の厨子を乗泉寺へ預け、永代安置の上、俸禄を与えます。これにより乗泉寺の名が江戸中に知れ渡りました。

1863
信者の有志により鐘を寄進。

1863(文久3)年の乗泉寺の見取り図と届書

1945
東京大空襲により本堂焼失。

今から約160年前江戸時代末期の文久3年(1863)、当時、麻布桜田町にあった乗泉寺にご有志されたもの。
この鐘は、法要の始まりを知らせるために使われていました。

1949
乗泉寺は麻布から渋谷に移転。

昭和2年、開筵式の乗泉寺全景

戦後、桜田町は区画整理地域に確定したこともあり、現在の渋谷区鶯谷町に乗泉寺は移転します。

1965
現在の乗泉寺、及び他の建物が完成。

<左>建立したころの現本堂と霊堂 <右>建立したころの現本堂の内陣

帝国劇場や東宮御所などを設計された谷口吉郎博士の設計のもと、乗泉寺新本堂が建立されます。20世紀の美術を代表する世界的巨匠の棟方志功の鉄版画や、日本の洋画壇に大きな影響を与えた、海老原喜之助の壁画などが展示されています。近代の芸術家達の力が注ぎ込まれたお寺でもあり、朝日、東京、英文読売、毎日などのマスコミ各社に大きく取り上げられました。

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